2.色彩概論
2.1 原色
原色(primary colors)とは、混色することであらゆる種類の色を生み出せる、互いに独立な色の組み合わせのことをいう。互いに独立な色とは、たとえば原色が3つの場合、2つを混ぜても残る3つ目の色を作ることができないという意味である。
人類の目においては、原色は3つの色の組み合わせであることが多い。たとえば、テレビモニタや照明などで、異なる色の光を重ねて新たな色を作る「加法混色」の三原色は、通常赤・緑・青の3色である。また、絵具を混ぜたり、カラー印刷で色インクを併置するときに行われる「減法混色」の場合の三原色は、シアン・マゼンタ・イエローの3色である。
原色とされる色の選択は、基本的には恣意的なものである。加法混色の三原色に使う赤・緑・青も多様であり、表現のしやすさなどを考えに入れてさまざまな基準が定められている。また例えば、リュミエール兄弟が開発した初期のカラー写真・オートクローム(Autochrome Lumière)では、赤・緑・青のほかに橙・緑・紫の組み合わせも使われた。
2.1.1 生物学的な基礎
原色は電磁波の本質的な要素ではない。原色は、生物の眼が可視光線に対して起こす生理学的反応と結び付けられている。レーザー光のような単色光は別として、天然光や照明などの光は、あらゆる波長の放射エネルギーが合成されており連続的なスペクトルを持つ。その刺激値空間は無限次元にわたるが、人間の目はこれを次のような受容の仕方によって三次元の情報として処理している。
人間の目の奥の網膜には一面に光受容細胞(錐体細胞と桿体細胞)があるが、光量が充分な場合は3種類からなる錐体細胞が反応する。錐体細胞には、長波長に反応する赤錐体、中波長に反応する緑錐体、短波長に反応する青錐体の3種類があり、それぞれの波長に最も反応するタンパク質(オプシンタンパク質)を含む。これらが可視光線を感受することで信号が視神経を経由して大脳の視覚連合野に入り、ここで赤・緑・青の3種類の錐体からの情報の相対比や位置を分析し、色を認識している。
人間など、3種類の色覚受容体をもつ生物の色覚は「三色型色覚」(trichromacy)とよばれている。これらの種の生物は、光刺激を3種類の錐体で受けとめ三次元の感覚情報として処理し、あらゆる光の色を3つの原色の混合比として捉える。
色覚受容体の種類の数が違う生物は、異なる数の原色によって色を感じている。たとえば、四色型色覚(tetrachromacy)を持つ生物には四種類の色覚受容体があり、四原色の組み合わせで色を認識している。人間は波長780nm(赤)から380nm(紫)の範囲までしか見ることができないが、四色型色覚の生物は波長300nmの紫外線まで見ることができ、四番目の原色はこの短波長の範囲にあると考えられている。
鳥類や有袋類の多くは四色型色覚を持つが、人間でも女性の中には四色型色覚を持つ人もいる。X染色体にある赤錐体と緑錐体の遺伝子は時として変異により赤・緑のハイブリッドの錐体細胞を作ってしまい色覚障害を起こすことがあるが、女性の場合はX染色体が2つあるため、1つのX染色体でこのような変異が起こってももう一方で正常な赤錐体と緑錐体が作られれば、赤・緑・青のほかに長波長の範囲にもうひとつの原色を認識することになる。人間の色覚受容体が反応する波長は個々人においても多様であり、色覚の「正常」な人の間でも微妙な色覚の差として現れる。人間以外の生物の場合、こうした多様性の幅は大きいが個々の生物はそれに適合していると考えられる。霊長類以外の哺乳類のほとんどは、緑と青の2種類の色覚受容体しか持たないため二色型色覚(dichromacy)であり、原色は2色しかない。
大多数の人間のもつ3色型色覚以外の生物の見る世界は色が狂って見える、と考えるのは誤りといえる。そのように生まれた生物にとってはそれが普通な世界の色であり、そうした生物が色を知覚する能力は、人間の色覚の能力とは種類が違うであろう。また、人間にとって自然な色に見えるものは、他の生物たちにとっても自然に見える。しかし、三原色の光を使って人工的に再現した色(たとえば、カラーテレビの画面)を見る場合、人間にとっては自然な色に見えても他の生物にとっては自然な色には見えない。つまり、原色を使って色を再現するときには、再現するものの色覚のシステムに依存した再現がなされる。
2.1.2 加法混色

色を表現する媒体のうち、様々な色の発光体を組み合わせて観るものの方へ放つことで色刺激を起こすものは、加法混色を使用して色を作っている。この場合、典型的に使われる原色は赤(Red)・緑(Green)・青(Blue)の3色である。
白色の光を合成する為の波長を「光の三原色」や「色光の三原色」といい、次の三色を用いる。
■ 赤(橙赤)(波長: 625-740 nm)
■ 緑(波長: 500-565 nm)
■ 青(紫青)(波長: 450-485 nm)
テレビほかディスプレイ類はこの三原色からなる「RGB」を用いて様々な色を加法混色で作る代表的な例である。原色として用いられる3色は、幅広い色を表現するために色度図上で可能な限り大きなカラートライアングルを描ける色相・純度の色であり、蛍光体や燐光体の手に入りやすさ(またはコストや使用電力など)も加味して選ばれている。ITU-Rの勧告BT.709-2(ITU-R BT.709-2)で定められたsRGBは、その例である。

赤と緑の光を重ねて投影すると黄色・橙色・茶色の影ができる。緑と青の光を重ねるとシアンの影が、赤と青の光を重ねると紫とマゼンタの影ができる。3つの原色を等しい割合で重ねると、灰色および白色の影ができる。こうして生成される色空間を、RGB色空間という。
国際照明委員会(CIE)が1931年に定めたCIE標準表色系(CIE 1931 color space)は、単色の原色の定義に当たりその波長を435.8nm(青)、546.1 nm(緑)、700 nm(赤)とした。 カラートライアングルの各頂点(三原色)は、色度図に描かれた馬蹄形の曲線上(最も彩度の高い「スペクトル色」の軌跡)に置かれ、可能な限りの大きさ(色の幅の広さ)を実現している。しかし、このトライアングルにある赤と紫の限界の波長を現行のディスプレイで表現するには発光効率が非常に低くなるため、この三原色を実際に使うディスプレイ類は、存在しない。