1.2.3 電子状態

 電子状態または電子構造とは、物質原子分子なども含む)における電子の状態のことである。電子状態間の遷移を電子遷移という。

・概説

電子の状態を表す形式が様々考えられている。

具体的な電子の状態として、電荷密度(電荷分布)、バンド構造(あるいは電子の準位)、磁気構造(あるいは電子のスピンの状態)、フェルミ面状態密度、原子間の結合の状態(電荷分布と関係)などが挙げられる。これら以外にも電子状態を示す様式は、数多く存在する。

「電子状態」と「電子構造」は通常は同義と考えてよいが、場合によってその意味合いが微妙に異なることがある。

-電子状態の遷移 (電子遷移)

-光吸収による遷移(光学遷移)

分子電磁波を吸収すると内部エネルギーが増大する。このエネルギーの増加は光量子のエネルギー ΔE に等しく、次の関係で示される。

ΔE = hν = hc / λ

ここで h プランク定数ν は電磁波の振動数λは電磁波の波長c は光速度である。

分子は電磁波を吸収したことによって電子状態に変化が生じる。具体的には電子エネルギー、振動エネルギー、回転エネルギーに変化を起こす。最もエネルギーの低い電子状態は基底状態と呼ばれ、それより高い電子状態は励起状態と呼ばれている。基底状態、励起状態にはいくつかの振動準位があり、各振動準位にもいくつかの回転準位がある。多くの分子で遠赤外、マイクロ波のようなエネルギーが低い電磁波を吸収したとすると回転状態のみに変化が生じ、中・近赤外程度であれば振動、回転状態に変化が生じる、可視光線および紫外線の場合には電子、振動、回転状態に変化が生じることになる。

-電子状態遷移の選択律

分子の電子状態が光学遷移を起こすためには以下のような選択律が存在する。選択律に従って起こる遷移は、許容遷移とよばれ、ルールに従っていない遷移は、禁制遷移とよばれている。しかし、禁制遷移であっても分子内、分子間の摂動により遷移がおこることがある。

・パリティー(偶奇性)に関する選択律

1つの光子を吸収する遷移においてはパリティーの変化を伴う( g - u は許容、g - g および u - u は禁制)。

-多重度に関する選択律

多重度は変化しない(S の変化は0

状態の対称性に由来する選択律

・電子遷移の種類

π*軌道への遷移 — π*軌道の励起状態が存在する分子は、近赤外、可視光から近紫外光領域にかけて遷移を持つことから、古くから紫外・可視・近赤外分光法 (UV-Vis-NIR) により観測がなされてきた。

π-π*遷移 二重結合のπ電子に由来する遷移。アルケンなどで見られ、孤立したC=C結合は190ナノメートル付近に吸収を示すが、共役が伸張すれば、より波長の長い(エネルギーの低い)光でも遷移を起こす。

n-π*遷移 カルボニル基などの孤立電子対に由来する遷移。ケトンなどで見られ、300nm付近に吸収を示す。禁制遷移であるため一般に吸光度は小さい。

σ*軌道への遷移 — π*軌道への遷移と同様だが、σ*軌道は一般にエネルギー準位が高いため遷移により高いエネルギーを必要とし、吸収するのは主に紫外光である。

σ-σ*遷移 — C−C結合やC−H結合に見られる。吸収するのは約150nm光である。

n-σ*遷移 エーテル、アミン、チオエーテルなどで見られる、孤立電子対のσ*軌道への遷移。190nm程度の光を吸収して遷移を起こす。

電荷移動遷移(CT遷移)原子間の電子の移動を伴う遷移。主に錯体化学で取り扱われる。

バンド間遷移 固体においてバンド理論により記述される遷移。

Fig1_1_2_11

・粒子性

 量子の粒子性とは、粒子の存在を仮定すると説明が容易ないくつもの実験の存在を根拠にしている。プランクによるエネルギー量子、光電効果、コンプトン散乱など、粒子と考えると解釈が容易な実験が多々ある。しかしながら、このことは、ナイーブ*1な意味での粒子の存在を示すわけではない。

 

 *1ナイーブ (naïve) とは、日本では、「純真」「素直」「素朴」「無邪気」「飾り気がない」などを意味するフランス語形容詞として使われている。ただし、女性形であり、男性形はナイフ (naïf)という。ラテン語で同様の意味を持つ(ただし他にもっと広い意味も持つ)nativus が語源で、同じ語源の言葉には英語のネイティヴ (native) がある。ドイツ語スウェーデン語ではnaivと書き、オランダ語ではnaïefと書き、いずれも「幼稚」「無経験」などを意味する。

例えば、美術の「アール・ナイフ(英語 ナイーブ・アート)」は童心的な絵画であり、素朴派と訳される。

 

ただ、ナイーブな粒子像が量子論を再現しないわけでもない。例えば、エドワード・ネルソンの確率過程量子化はナイーブな意味の粒子描像で、粒子が酔歩することによって波動性を再現する。

光電効果は、物質に光を当てた時、物質内の電子が光子のエネルギーを吸収して起こる現象である。電子が物質外に放出される外部光電効果と、物質内部で電子が移動して電流が流れたり、起電力を生じたりする内部光電効果とがある。

Fig1_1_2_12
 

金属などの固体表面に光を照射すると、光を吸収してその表面から電子が放出される現象を、光電効果あるいはとくに外部光電効果とよび、放出される自由電子を光電子、電子流を光電流という。気体の原子や分子が光吸収により光電子を放出しイオンになる光イオン化も、光電効果の現象である。飛び出す電子は振動数が低いと放出しない。